第十四話
「わかったぞ。ここはきっと外国だ」
「今更そんなこと自信満々に言われても……」
「まぁここがどこかはさておき……。とにかく、私達一体どうしたら良いんだろう?」
爽やかな秋風が心地良い朝。
閑静な高級住宅街から、雑多な駅へと移り変わる道を、サラリーマンやOL、学生達が急ぎ足で歩いている。時計を忙しげに見たり、携帯を開いたり……そんな何気ない動作の合間に、彼らは訝しげな目を一瞬上げるのだが、それもまたすぐに逸らす。
不審なものにはできるだけ関わらないほうがいい。まして通勤ラッシュのこの時間、妙な事に巻き込まれて遅刻するわけには行かないのだ。
フレデリックもその中の一人だった。だが始業までにはまだ時間がある。学校へ向かう歩みはのんびりとしたものだった。以前に、通学途中ここら辺でエドガーにばったり出くわしたことがある。それを考えると、無意識のうちに歩みもゆっくりになってしまうのだった。
あたりを見渡しながら歩いていたフレデリックはふと歩みを止めた。
前方に何やら怪しい人たちがいる。似たような白い服を着て、黒髪を腰の辺りまで伸ばしている。まぁ特異な服装や異様な髪型などは彼の担任に比べればまともに見えるのだが……何か彼らには異質な空気を感じたのだ。
そしてもう一つ気がかりなことがある。三人のうち一人の持っているものだ。地面に杖のように立てているそれは、空に向かって銀色の刃がついているように見える。
(槍……? なんで槍? ってか超怖い……/汗)
少しずつはっきりとしてくる彼らの姿を良く見れば、ほかの二人も腰に剣のような物を携えている。服装もやはり明らかにおかしい。コスプレの一種だろうか? それにしても武器まであんなに本格的なものを持つものだろうか?
何にしても関わり合いたくない人たちであることは確かである。だが学校に行くには彼らのそばを通るしかない。
意を決してフレデリックは歩みを速めた。
「すいませーん」
「…………」
「すいませーん」
なんかすごい自分に話しかけてる気がする……とは薄々気付きながらもフレデリックは顔をあげなかった。気付かない振りをするしかない。明らかに怪しい奴等にわざわざ近づくのは馬鹿というものだ。以前にトート先生にノコノコついていってひどい目にあったことを彼は忘れていない。
自分にそう言い聞かせてフレデリックが更に足を早めたとき。目の前わずか数センチの距離をものすごい早さで何かが横切った。それはフレデリックの左側を走る石壁にひびを入れて刺さって揺れた。三人のうち一人が持っていた槍だった。
「貴様、とまれ!」
(こ……殺される!!/汗汗汗)
槍を投げたらしい男が敵意をむき出しにして立ちはだかった。だがもう一人の男が片手でそっと彼をたしなめた。
「サダル、いくら私のためとは言っても危ないことはするな……。全くお前は本当に慌てんぼうなんだから。ほら、謝りなさい」
「…………ごめんなさい(ペコリ)」
「い、いえ……(汗)」
(……ってかあと数センチずれてたら死んでたんだけど!!/汗)
フレデリックは心の中で叫んだ。
「いや、驚かせて悪かった。我はスメラミコトの王子、オウスノミコト。彼らは先導神、サルメとサダルだ」
男に紹介された先導神(?) 二人は警戒の顔つきを崩さず、フレデリックに少しだけ頭を下げた。
「あ、えぇ……ど、どうも(汗)」
「ところで、聞きたいことがある。ヤマトに向かうにはどちらに向かえばいい? どうやら道に迷ってしまったようなんだ」
「は? ヤマト? さぁ……」
「知らない?」
「ちょっとわかんないです……。すみません」
「いや、そんなはずがないだろう。ヤマト王権を知らないなんて。まだ東北は従えてないとはいえ……まさか、ここは蝦夷か?」
「は…はぁ? いや、ちょっとわかりません……他の人に当たってください。じゃ、さよなら……」
踵を返そうとしたフレデリックの肩をサダルと呼ばれた青年が掴んだ。
「待て貴様ッ!!」
(うわーもうまただよこの人! 俺なんかしたー!?/涙)
サダルの鋭い目にフレデリックがすっかり涙目になったその時。
「うちの生徒が何かしましたか」
まさに狙い済ましたかのようなタイミングで聞こえた声にフレデリックはぱぁーっと顔を明るくした。
「エドガー先輩!」
ちょうど明るく輝き始めた朝の陽光を背中に浴びて、エドガーは立っていた。時間も場所もここまで計算されていると返って怪しい。
エドガーは落ち着き払って近づいてきて、そっとサダルの手をとった。サダルはきっとエドガーを睨みつけた。サルメがすかさずサダルをかばうように二人の間に割って入り、エドガーの手を払いのけたが、長身のエドガーに見下ろされて少しだけ萎縮したように見えた。
「サダルに触るなっ」
「……フレデリックが何かしたなら私が代わりに謝ろう。だからその物騒なものをなんとかしてくれないか」
そう言ってエドガーが示すは壁にぶっ刺さったサダルの槍。威嚇しながらもサダルは言われたとおり槍を引き抜き、ガツンと音を立てて柄の方を地面に立てた。どうやらしまえないらしいので仕方がない。
「はぁ……。フレデリック、お前一体何したんだ」
「いや、俺何も……(ため息つかれた……/汗)。この人たち、ヤマトってとこを探してるらしくて」
「……ヤマト」
顎に手を当てて、エドガーは何か思い出すように視線を中空に向けた。それを見てオウスノミコト、略してオウスの表情に希望の光が差した。
「何か知っているのか!?」
「その服装、髪型……君たちは、ヤマトの民か」
エドガーの言葉に、三人は驚いたように顔を見合わせ、ついで大きく頷いた。
一方フレデリックは唯一の味方までもが何やらファンタジックなことを言い出してしまい途方にくれた。
「ヤマトを知っているのか!」
「いや、まぁ……知っているというか。ちょっと……いや、すごく心当たりがある」
「……エドガー先輩、ほんとに?(汗)」
「あぁ、たぶんな。君達、ついて来い。もしかしたら、ヤマトに帰れるかもしれない」
「ほ、本当か!」
サダルはまだ疑わしげにエドガーを見ていたが、オウスのきらきらした瞳に負けて一つため息をつきながら了承した。
ついてこい、と手招きしてエドガーは歩き始めた。
「エドガー先輩、どこに行くんですか?」
「学校だ」
一方。
教室に入った瞬間、ロックウェルはいつもと違う空気を感じた。ホームルーム前のざわざわした雰囲気。それはいつものことだ。だがそのざわめきの種類が、いつもと違うように感じる。その原因は窓際の席の辺りの人だかりだった。
何だろう、とは思いつつわざわざその人だかりに野次馬のように入っていくのも気が進まないので、ロックウェルはどっかりと自分の席に腰を下ろした。
「あ、ロックウェル!」
聞きなれない声がロックウェルを呼んだ。声のしたほうを見れば、人だかりが一斉にロックウェルを見つめていて、その中心にいる人物が自分を呼んだらしいとわかった。
その人物を見ても、ロックウェルにはそれが誰だかわからなかった。あんなイケメン、うちのクラスにいたはずない……というのが一見した感想だった。だが、彼がロックウェルの机に近づいてきたとき、ロックウェルはやっとその人物を思い出した。
「えっ……ジ、ジグモンド先輩!?」
「久しぶりだな、ロックウェル」
「久しぶりって……いや、何やってんですか? なんでここに……」
「いや〜なんでって……」
ジグモンドと出会ったのは去年の文化祭であった。文化祭の目玉でもある、学校1のイケメンを決めるミスターコンテストで一年生代表として出ていたロックェルと、2年生代表として出ていたジグモンドは最終審査まで競り合った間柄である。結局ミスターに選ばれたのはジグモンドであったが、二人の間にはライバル意識よりも仲間意識のようなものが芽生えていて、ロックウェルにしてもおしゃれでカッコいいジグモンドに対して好意的な印象を持っていた。だが、その年の文化祭が終わってからジグモンドは彼の親友であるシャンドールとともに姿をくらましていたのである。
その彼が今、なぜかロックウェルの目の前にいる。
「俺、今日からこのクラスだから。よろしく」
「は!?」
「留年しちゃった〜。ハハ」
「留年!? ってか先輩今までどこいたんですか!?」
「んー、実はな……」
ジグモンドはロックウェルの耳元に顔を寄せて、秘密めいた声色で言った。
「完成したんだよ、タイムマシン!」
「…………(汗汗汗)」
ロックウェルは、ジグモンドが昔から妙な発明に凝っていたのを思い出した。彼がミスターコンに出たのも、もとはといえば優勝賞金100万円が目当てだったのである。なるほど、とロックウェルは思った。
「優勝賞金で、この一年間タイムマシンとやらを作ってたんですか……(汗)」
「そーうそう! すげくね!?」
「はぁ……すごいですね」
「あ、お前信じてないだろ! マジだかんな! マジで、俺ら行ってきたんだから……大昔! ……あ、シャンドール! こっちこっち!」
ジグモンドが手を振って呼んだのは、学校だというのに胡散臭い真っ白のスーツを来た男。どうみても高校生には見えないが、彼はれっきとした18歳、そしてジグモンドの親友、兼パトロンのシャンドールである。何やらくたびれた様子で首を回してジグモンドのもとへ歩いてきた。
「ジグモンド……俺はもう疲れたよ……」
「何フランダースの犬みたいなこと言ってんだ!シャンドール、引き出し閉めてきてくれたか?」
「いや……閉めたけどな、なんだかまずいことになったらしい。開かなくなっちまった」
「え!? マジで言ってんの?」
「あぁ。だが俺に任せたお前が悪い」
「……引き出し?」
二人の会話を聞いていたロックウェルが疑問を口にしたとき、教室の後方の扉が開きフレデリックが入ってきた。ジグモンドとシャンドールの姿を目に留め一直線に歩いてきたとき、HRの始まりを告げるチャイムが鳴った。